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7.新しいスタート@75c全店舗

最初はあんなに怪しいと思ってた行政書士様様で
入国可能になった社長。

そして
準備を進め
最終的にビザが下りるまでの期間がどれくらいだったのか、覚えてないけど。

でも
無事にビザが下りて
社長にその連絡をしたときのドキドキ感とか、すごかった。

いざ、ビザが下りて
社長の入国日が決まったときに
私は韓国にちょっと別の用事で行くことになった。
それを社長に行ったらね、社長から言われた言葉。

「明日韓国に来たら話があるから」

「え?なんですか?」

「来たら話すから」

「まさか結婚するんですか?」

「いやいや・・・・」

そんな会話。
この場に及んでなんだろう。
いきなり日本行かなくなったとか??そんなはずないし・・・・なんだろ・・・・

割と気にしいなので、私。

教えてくれないなら、今話しがあるとか言わないでほしいわ・・・
明日会ったら言ってくれればいいのにね・・・・

なんて。

そして次の日
会ってすぐに聞いた。
全然検討がつかなくて、考えてもまったくわからなかったから
余計に気になった。

「昨日の話って何ですか?」

「ああ、サガナムやめることにした」

え?
今なんて言いました????

「サガナムやめることにした」

なぜ??

日本に帰ったらゆっくり話すけど。

なんだそりゃ。

でもそのときは、私、別にどっちでもいいというか
まだことの深刻さに全然気がついてなかった。

やめるときの条件に
私は社長と一緒にやめることになってたから
まあ、それならいいかなと、漠然とそんな風に思ってた。


社長が韓国にいる間
9ヶ月だったんだけど
日本ではいろんなことがあった。

まず、デザイン室を立ち上げてて
事務所は恵比寿だった。
恵比寿4丁目。

私が恵比寿が好きで
だから、恵比寿で探した。
ただそれだけの理由。

マンションの一室をデザイン室というか、事務所にしてた。
そこに、韓国人の、日本語のしゃべれるスタッフが一人住んでた。
そして共同オーナーの一人も日本にいて
私がいて
日本でデザインの学校に通ってたデザイナーの女の子が一人。

そこでわりと、十週箇所のデザインオーダーとか受けながら、仕事をしてた。

その間に
いろんな人が社長の写真に興味を持ち
社長にあいたり
いろんな可能性がたくさんあった。

日本に社長が入国したら
どれをやろうかと、イロンナ話をしていた。
だから
入国後はものすごく、忙しかった。
いろんな人に会いに行き
いろんな可能性を見つめながら
過ごした。

だけど
最後にはいつも、でもな・・・・韓国でいくらうけてもここは日本だし・・・・

なぜか、そんな感じだった。


業界のこととかまったくわからないし
経営とかもわからない。
だけど
普通に日本で子育てをする母親として
絶対に、うけますから。

そういいたかった。
センスなすぎる。みんな。
なんなの、人のことなんだと思ってんの。

散々盛り上げておいて
最後にその切り方。

今思えば、笑えるくらい、絶望感みたいな。

恵比寿にいたから
社長と、よく恵比寿を歩いた。

この物件いくらだと思う?
ここでスタジオやるならどういう内装になると思う?

いつもそんな質問。

全然わかりません。

私の答え。笑

もう、毎日そんな感じで
社長はやる気満々で入国してる分
どんどん、気持ちが焦る。

ある日思った。
自分たちでスタジオ出しましょう。

っていってるけど
私は、何もできないのだけど。
お金もないし、何もないし、何もわからないのだけど。

でも
もう屈辱的すぎてなんだか耐えられなくて。
なんなの
それなら絶対自分たちでやって成功するから
あとから後悔しないでよ。

そんな気持ち。

8月にそんなこと言いはじめて
9月くらいから不動産を回り始めた。

イロンナ場所。
本当にイロンナ場所に行った。

郊外というか
中心から離れたら、当然安い。
だけど、こんなところで人が来るのかな・・・

中心部で探すと
金額が高い。
こんなお金用意できるのかな・・・・
サガナム、やめちゃったしな・・・・

毎日そんなことの繰り返し。

社長は食事にうるさくて
本人曰く
うるさいのではないというのだけど
私が社長とけんかをするとき
半分くらいは食事関連だった気がする(笑)

ある日歩いてて、ランチは韓国料理がいいといわれた。
だけど、その近くに韓国料理があるのかどうか全然わからず
ひたすら歩きながら探したんだけど、なくて。

ないから、いろいろ見てて
どこにしようかな・・・・って、思いながら歩く。
そしたら、もうおなかがすいたし足も疲れたから、どこかに入ろうといわれた。
私に好きなところに入れだって。

だから、
近くにあったパスタやさんに入ろうといった。
そしたら、切れる社長。

いきなりすごいケンマクで怒るから私も腹がたって
「だったら自分で決めてくださいよ」と言い返す。

結局社長、ものすごい怒ってるし
私も毎日こんなんだから、もう限界なんですけど~~~

「じゃあもう好きなとこで食べましょうよ。ランチなんて毎日一緒に食べなくちゃいけないわけじゃないし。」

そしたら一言。

「バラバラに食べよう」

そして行ってしまった。

その後姿をみながら、悔しくて悔しくて、涙があふれてきた。
あまりにも涙が流れるから
気まずくて近くの駅のトイレに行った。
そこで、電話がなる。

「今どこにいるんだ」

「駅ですけど」

「じゃあ駅に行くから」

外に出ると社長が立ってる。
どうやら、私が聞き間違えたらしく、社長はバラバラで食べようとはいってないと主張。
私がついてきてると思って歩いてたのに
振り向いたらいないから、電話したんだって。

私が泣いた跡をみて動揺する社長。

気まずいし、微妙だし、私だって逃げ出したい。
こんなの生まれて初めてだし
もう少し気を使ってくれたっていいじゃん。
自分が好き嫌いありすぎなんだし、なんで私が怒られなくちゃいけないわけ?!

内心、こんな。

だけど
自分が私を置いて、バラバラに食べようなんて言う訳ないだろ・・・・と。

これからは
私の言うように、たまには別々に食べるようにしよう。
だけど
オレはまったくわからないんだ、日本の食事が。
どこに入ればいいかも全然わからないし
韓国ではパスタなんて食べるものじゃないと思ってたし
どうしてわかってくれないんだ的な。笑

そのあと
ラーメンを食べて(笑)
普通にまた、不動産見て回ったし。

もう、そんなのの繰り返し。
いい加減
いつまで不動産見るんだろう・・・・・
そんな感じ。

不安も多いけど
日々のなんだろ、積み重なるストレスというか
申し訳なさというか
そういう感じ。

不動産を回りながらも
スタジオの内装とかいろいろ
資料を探すように言われたり。
で、私なりに、いろいろやったの。
思いつくこととかは、全部。

だけど、会議をして
それを出したらやっぱり落胆されて。

「もうお前には期待しない。」

この言葉が
本当に痛かった。
悔しさと、腹立ちと
なんだろ、あんまり言われたことのない言葉。

だって
はじめてなんですけど。
どこまでが私の仕事なんだか全然わからず。
何を求められてるのか、全然わからず。

それと同時に、娘のこともこの頃には心配になって。
両親が仕事の関係で実家を離れ、遠くに住むことになった。
だめともいえず
私がそっちに行くこともできず・・・・という環境の中
果たしてスタジオができたら娘はどうなるんだろう・・・・・・って。

もちろん社長に相談もした。
だけど結局何もない。

不動産も同時に探す。
いい物件が見つかって
それは青山一丁目だった。

80万円。
だけど、最高。

ここにしようって、社長が言った。
テンションがあがる。

だけど、突然、現実。
保証人から始まって
いろんなことが現実的に出てきて
知識のない私。社会経験のない私。
初めてで考えたことないようなことがたくさん。

いろいろあって
社長に聞かれた。

「お前がこの家賃払えるだけ客をつれてくる自信があるなら、ここを借りよう。」

そこではじめて認識する。
そうか・・・・
スタジオ始めるって、そういうことなんだ。
私がやらなくちゃいけないんだ。
お客さん集め。笑

今思えば本当に申し訳ないことしか、ないのだけど
あの頃はよく、こんな私と共にスタジオ出そうと思ったな、社長・・・・という感じ。
感謝・・・・・・・・・・・・

そのあと
もう少し探そうということになり
不動産をやってる弟にもう一度連絡をして
青山にある知り合いの不動産を紹介してもらった。
そして、その子ががんばってくれた。

いろんなラッキーの連続で、店舗をみつけ
なんとかかんとか、そこで契約。

工事もなにもかも
全然つてがなく
兄弟にいろいろ紹介してもらって
紹介の紹介で、いろいろ無理を聞いてもらって
それで、なんとか形になった、青山の1号店。

オープン当初はスタジオメモアだった、あのお店。
だから私は自分の会社をつくるときに、会社名をメモアにした。
メモアって
私のアメリカにいる友達が考えてくれた名前なんだけど
直訳すると、伝記とか、そんなのなんだって。

ロゴにしやすいとか
聞こえがいいとか
イロンナ理由で、この名前にして
韓国にいるイロンナ人の助けにより
ホームページもできて
あわただしく進む準備。

仕入先も何もわからない状態で
本当に運よく偶然の連続で私は、なんとかイロンナ場所を探してきて
通常よりはたくさん、卸価格でいろんなものがそろえられた。

そして、
不動産を探している途中で社長に訴えた、イロンナ思い。

娘のことも何もかもが不安で
社長の考えが知りたかった。
でも、かえってきた答えは、「自分で決めろ」

今思えばそりゃそうなんだけどさ。

あの頃は
社長がそんなの決めてくれるくらいに思ってた。

いっぱい泣いて
悔しくて
決めた。

娘を、韓国の妹のところに預ける。
妹も、理解してくれる。
なんとかやれることをやっていこうと思った。

まだ小さくて
2歳だった娘。
私が日本に帰る前日、寝かせようとしたときに娘を見てて泣きそうになった。
そしたら娘に言われた。

「大丈夫だよ」

今思えば、2歳半くらいの娘が、何を思って私にそういってきたのか。
だけど
あまりにびっくりして、泣いてしまったんだ。

日本に戻ってくると忙しくて、寂しさは感じなかった。
だけど
夜になると電話がくる。
娘が泣いてる。小さいから、当然のこと。
なんともいえない気持ちになる。
だけど、今は仕方がない。
今から帰るねというわけにもいかないんだから。
気持ちを、強くもつしかない。
私が決めたことだから。

さっき書いたけど、社長に「もう期待しない」といわれた言葉が
なんだか無性に、悔しかった私。
基本的に、人には期待されてなんぼだと思うし(笑)
私は
常に期待以上のことをするにはどうしたらいいのかを考えたりしてるだけに
本当に悔しかったのだと思う。

だから絶対に、がんばって、挽回したかった。
そのエネルギーだけが、私を、押し出してくれたのかもしれないな・・・・
 

 


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6.入国までの日々@75c全店舗

5ヶ月して、休暇をもらった。
ケニアにいる主人にあいに行くことにして
1ヶ月。

アルバイトしかしたことのない私は
それが有給休暇だということを知って、心から驚いた記憶。笑

今は産休中の、後輩と共に
ケニアに行った。
娘も連れて。

3週間の旅。

インターネットが使えなかったから
帰る間際に、サイバーカフェに行った。

当時、MSNのメッセンジャーで仕事の連絡を常にしていた。

メッセンジャーに入ると
韓国のデザインスタッフから声をかけられ
元気??なんて気軽に話をしてた。

そしたら、
「社長まだ韓国にいるんですよ」といわれ
「なんで?なんか問題あった?」と、聞き返す。

この問題とは
韓国のスタジオでの、問題のことだったんだけど。

「いえ、一度日本に行ったんですけど、入れなくて戻ってきました。」

え?
どういうこと??

「とにかく社長が、電話で話がしたいと言っています。」

すぐに電話をかけた。

そしたら
入国拒否をされていた社長・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本人だから
ビザのことなんて、何も知らない。

ビザは
契約先の社長さんが出してくれることになってて
申請も出してて
ビザが下りるまでの期間だけ、先に、観光ビザで入国をしてた。

まあ
契約先の社長さんも私同様、日本人だから同じなんだけど
頭の中が混乱してたから
とにかく戻って話を聞こうと、電話。
ケニアから何時に空港に到着するのかと聞かれ(韓国からケニア行きのチケットを取ってたから)
何時です・・・と伝えて切った。

3日後くらいに帰国。

あ・・・・

途中、ドバイの乗換えで気がついた。
社長に伝えた時間
現地時間・・・・しかも、ドバイからの出発時間じゃん・・・・

2時です~なんて伝えてたけど
実際空港に着く時間は4時半くらいだった。

すみません。

待ってるとは言ってなかったけど
たぶん空港に社長がいるような気がしてた。
だから相当あせって外に出た。
そしたら
超イライラした苦笑いで、私を迎えてくれた。
やっぱり、3時間以上も、待ちぼうけ。
人生でこんなに人を待つの初めてだって、言ってた。

初めての人になりました・・・・・・・・・・・・笑

それから、
割と簡単に考えてたんだけど
思ったよりも運が悪く意味不明なことが続いたりもして
社長の入国はなかなか困難だった。

無知だったから
どうしようもできなくて
とりあえず、せっかく日本に基盤を作っていくことにしたからと
いろいろなことをした。

社長以外の、共同オーナーたちがかわるがわる日本に来て
私はその通訳として仕事をし
デザインアルバムの事業なんかも立ち上げて
展示会に出たりなんかもして
そこで出会いもあったり
それで一緒に韓国に見学にいったりと、いろんなことがあった。

毎日毎日
メッセンジャーで、社長と話をした。
あんなに毎日何を話してたんだろうと思うほど
ほとんど毎日話をした。

最初はのんきに構えてたけど
この先ビザってどれくらいかかるんだろう・・・・・・・って
漠然と不安もあった。
仕事、もうやめようかなとか
そんなことも毎日考えた。

思い出せないくらい毎日いろんなことがある。
生きているから、当然のこと。
だけど
家族バラバラで
なんだかこんな風に、社長もいないのに、いつまで私はここでこんな風に過ごしてるのかな・・・って
先の見えない不安に、押しつぶされそうだった。

社長にどうやって伝えようかなって
そんなことを日々思い
メッセで話しながら声を詰まらせたりね。

ある日思い立って
社長に話があるといってみた。

たぶん、社長もわかってたんだろうな。

「私は、社長と一緒に仕事したいです。社長がいないなら、続けられません。」

怒ると思ったんだけど、そのとき以外な答えだった。

「俺も一緒に仕事したいと思ってるから、もう少しだけ待っててほしい。」

そんな答えだった。
だから、びっくりして、泣いてしまった記憶。
もう少しがんばってみようかな。そんなことを思った。

だけど、ビザがいつおりるのか、人に任せておけなくて
ある日突然自分でネット検索して
行政書士の事務所に何度も行った。

状況を話してみると、相手は必ず難しいといった。
え??
今なんて??

難しいって、だって、犯罪者じゃあるまいし
そんなに難しいことなの??
外国人って
そんなに日本に入れない仕組みなの???何なのこの国。

母親に相談したら
入国管理局に相談に行こうといわれ
一緒に行った。

入管の人に話をしたら
「普通に、日本国民が聞いていて正当な理由であれば入国は認められます」

いいんだか悪いんだかよくわからない返答。
だけど、そっか、それなら社長は正当に入国できるはずなんて
そんなことを思いながら帰ったりした。

何人に会ったのか覚えてないほど
行政書士事務所に行った。

ある日
新宿の、事務所に行ったときに
状況を話したら言われた。

「全然問題ないですよ」

え??
問題ないの???笑

その人の軽いのりになんだか動揺して
大丈夫かな、この人・・・・って思った。
でも
可能性がなさすぎて、なんだかちょっと、この人にかけてみたくなった。

言われるとおりに準備して、成田よりは羽田がいい気がして、羽田に到着にした。
そして
一人で来るよりは私が一緒の方がいいだろうという判断になり
娘を連れて韓国に行った。

韓国にいる間
社長はカンナムに大きなスタジオをオープンしてた。
ちょうどそのオープンにあわせて渡韓して
一緒に帰ってくることにしてた。

韓国で
私のバースデーの1日前、スタジオに予約を入れて
娘の写真を撮ってもらうことにしてた。
初めての、ちゃんとした撮影。



案の定
モニターのときに、私は泣いて。

娘が韓国語わからなくて
韓国人のアシスタントにひいてしまって、泣くから
私が変わりに社長と撮影に入った。

アシスタントデビューした日。

見よう見まねで、必死。汗

撮影も無事に済み、
緊張の帰国。

飛行機の中、なかなか娘が社長になれず、ずっと人見知りをしてた。
空港について
私は入国審査の前で、あまりにも緊張しすぎていきなりものすごい吐き気がした。
こらえきれなくなって、トイレに駆け込む。

こんなの生まれて初めてだった。

娘を置いてきちゃったから心配で急いで戻ると
なんだか社長と急に打ち解けて、すごい楽しそうに笑ってる。

その後すぐに社長の番になって、入管の人になにやら質問をされてる。
日本語がわからない社長の変わりに
私はさっと娘を社長に渡し、早口で説明を始めた。

入管の人もびっくりした様子で説明を簡単に聞いてくれて
私に気を使いながら、とにかく少しお調べしますといって社長を別の部屋に連れて行った。

私は
社長から娘を渡されてだっこした。

そしたら娘。
急に社長のほうに行くと泣き出す。
さっきまでの人見知りはなんだったのかと思うほど
強烈に、引き裂かれた感じで泣いた。

いいタイミング(笑)

そのあと羽田空港の、外で
迎えに来てくれていた母親と、兄と、娘と4人で、緊張の時間。
会話も何もない。
どれくらい時間が経ったのかわからない。
夜だし、他には人気がなくなった。

そのとき
中からさっきの入管のお兄さんが出てきた。

「もうすぐ出てこられますので、お待たせしました。」

今思えばメロドラマ風のこのシチュエーション。
母親もなんだか涙ぐみ
私は完全に泣いてて
社長もかなり照れくさそうに日本入国。笑

そんな風に、始まった。
2度目の、スタート。

あくまでも、そのときの入国はビザを申請するための必要書類を作るための、入国。
でも
いつまでも先の見えなかった「入国拒否」からは、逃れた。
だから
ものすごく、未来が明るく感じた。

 

 


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5.仕事はじめ@75c全店舗

人生初めての、就職(笑)
アルバイトしか、したことのない私。 

初めての出勤は
片道2時間半。



笑えるんです、この距離が。

定期代、6万円。

まあ、だけど
1時間は東京駅からバスだったから
完全に眠れたんだよな・・・

朝も
8時に出ても、10時半についてて
だけど
そんな日々だった。

仕事忙しいときは
家に着くと、1時とかで
なんでかえって来てるんだろって思ったりすることも多く。

娘が
どんどん大きくなって
私が仕事を始めたから、娘のお世話は完全にじいじとばあばになって
初めて歩いたりとか
そういうイベントも
全部、妹とか弟とかの動画をみて知ったりとか
そんな日々が続いた。

娘は
すくすく育って、髪の毛も伸びた。

初めて
コンサルティングをしてた写真館に連れて行って
写真を撮ってもらった。

社長に、初めて撮ってもらった、写真。



すごく、簡単に撮影しただけだったんだけど
嬉しくて
泣きそうだった。



娘の、1歳。
1歳と、2ヶ月。

「ボーナスいらないので、娘の写真を定期的に撮ってください」

本気だったんだ。笑

5ヶ月間、この写真館で社長と共に過ごした。
いろいろあったけど
とても楽しかった。

夏は
花火大会があって、写真館にある浴衣を着せてもらって、みんなで花火を見に行った。
そのときの写真を撮ってほしかったのに
携帯で撮ろうとした社長が本当にいやで
ものすごく悔しい思いで泣きそうになったり。

だけどその後
都内で人に会ったあと
珍しく早く変えれる日があって
わ~いって帰ろうとしたら、社長に夕食食べようと誘われ
内心がっかり・・・・笑

だってその日
他の人もいたの。
韓国から人が2人きてて
私がいなくても、3人いるから
社長寂しくないし・・・・と思い、たまには家に早く帰ろうとしたの。
そしたら急に
2人は遊びに行かせて、食事なんて言うから。

食事にはいって普通に注文して、普通に食事をしてたら
社長に言われた。

「今日はごめん」

思い起こせばその日は
社長と少し意見が割れた。
いつもなら、私が折れるんだけど、
その日はちょっと、社長の主張が自分勝手に思えたりもして
状況的に私が折れると、相手に少し、申し訳ない気がしたりした。
だから
日本ではこうなんですよね・・・・って
割と強気で私は反論したりした。

悪気はなかったし
特別それで、私は何も気にしてなかったのだけど。

社長が夕食に誘ってくれた理由。

私に、誤りたかったんだ。
そのとき初めて気がついて、びっくりした。

「これからもいろいろあると思うけど、ちゃんと話し合って、理解しあっていきたい」

「自分は、こんな人間だけど」

そんなことを、とても言いづらそうに話してくれた社長。

詳しいことは覚えてないけど
そのときの社長の言いづらそうな表情だけは、今でも覚えてる。
びっくりしたから。

そして
自分に不満はないかと聞かれ
私は
浴衣の写真とか本当に楽しみにしてたのに、本気で悲しくて
社長にとってはどうでもいいかもしれないけど
私はそういう人間なので、覚えておいてほしい的なことを、言ってた・・・・笑

いや
本気だったんですけどね。

その後も
私的には驚きの、ミスを何度かした。

正直
人と一緒に何かをするのは、本当に難しいんだと思った。
自分の中の最善が
人にとってはものすごく気分を害することもある。
社長のことを一生懸命理解しようと思ってたし
それが自分の仕事だと思ってたぶん、
私がよかれと思ってしたことが
時に、社長をひどく憤慨させる出来事になったりもした。

そのつど
私は涙を流した。
そして、社長にキレられた。

「自分はこういう人間だから、自分にはこうするな」

これが、社長の主張。
たぶん
人とは少し違う。

だけど
たくさん学んだと思う。
今でも同じような失敗はたくさんするんだけど
それでも
社長との日々は濃厚で
なんだか笑えるエピソードが山盛り。
仕事って楽しいなって
そのたびに悩みながら
たくさん、感じた。

 

 


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4.最初の決意@75c全店舗

日本で約束をした、写真館の訪問。

ちょうど春休みの季節とかでチケットがなかなかとれなくって
なんか
3泊4日・・・か、4泊5日か・・・・
割と長くなったんだよね・・・・

だからその期間
今度は義母さんに娘を預け
韓国観光・・・・ではなく、写真館観光の通訳を勤めた私。

それまで
日本で社長の通訳をしたとはいえ
全然知らなかったんだよね、韓国のスタジオのこととかいろいろ。

だから一緒にスタジオを見て回り
システムや写真や
イロンナこと知るたびにすごくびっくりして
普通に
かわいいし
センスもよくて
なんだか本当に、魅了されていった私。

誰よりも私が日本に、こんな写真を撮るスタジオができてほしいな・・・と
純粋に、思う期間を過ごした。

毎日遅くまで通訳に徹して
帰りはタクシーでいいのだけど
社長が車で送ってくれた。
泊まってたホテルから家までが1時間くらいするの。
でも
ホテルの近くが社長のおうちだと聞いてたから
とても申し訳なくて
韓国はタクシーが安いから、タクシーに乗ってしまえば3000円くらいなのに
申し訳ないなあ・・・・と毎日思う。

だけどね
その車の中で、本当に、たくさんの話をした。
日本で
こんなスタジオがあったらどう思う?
こんな風にスタジオでやったらどう思う?

そんな話を毎日される。
私を送っていくために、社長は毎日お酒を飲まない。
それもすごく申し訳なかったんだけど
わりと、その時間が楽しみだったりもして
毎日毎日妄想が広がる時間。

毎日言ってた。

「それやるんだったら、私適任ですよ。」

「そうだろ。」

笑ってそんなことを話した。

社長と話せば話すほど、毎日毎日イメージが膨らむ。
なんだか夢見たいだった。
夢見たいな妄想なんだけど
現実的になんだかものすごく、現実の妄想が広がってる。

そんな信頼感みたいなものを感じる人。
それが社長なんだと思う。

最後の日
私は車をおりながら社長に言った。

「私、今年の6月まで日本にいるので、何かできることあったらやらせてください。」

7月には娘が1歳になるから
そしたら、主人のいるケニア?!に行こうと思ってたし
そういう予定になってたから。

その話をしたのは、2005年の2月。
まだ、5ヶ月ある。
だから、その期間だけでも、お手伝いさせてもらいたいなと、思った。

次の日
空港までお客様を送り
車に乗り込みながら社長に言われた。

「何か食べたいものはありますか?」

「社長さんはパスタとか食べますか?」

おなかがすいてて
入ったランチはプンシク。
韓国の軽食やさんみたいなところ。

私の思考回路では、社長のさっきの質問が理解できなかった。笑
で、
ラーメンを食べた。
韓国の、辛ラーメン。

ラーメンのおいしさについて語り
車を返しに行った。
大きな車を借りてたからだったんだけど
返しに行く途中
社長が急に車を止めた。

そして、質問をされた。

「これから、あなたは何を望みますか?」

そんな質問だったように思う。

日本からのお客様は
すっかり社長のことが気に入って
すぐに、スタジオコンサルティングの話が決まった。
日本に行く時期とかいろいろが決定され
そこに、自分がいることはあんまり考えられなかった。
人事に思ってたわけではないのだけど
現実的に、子供もいるし
主人は海外だし
いろんな人に反対されると思ったし
私、何もできないし・・・・くらいの気持ち。
だけど
それでもなんだか緊張する、ドキドキする時間だった。

何を話したか、詳細は覚えていない。
記憶力のいい私が
こんな大切なことを忘れるのも不思議なくらいなんだけど
そのときの話はあんまり思い出せない。

ただ、あの時言ったんだ。

「私には、人生の目標があります。社長と一緒にいると、その目標に向かう方法を、知れる気がします。」

確実にそう言ったのかは定かではないけど
その気持ちを伝えておきたかったのだけは、確実で。

今改めて思い出す。
それは
とてもとても、大切な決定だったんだ。
私が感じた何か。
社長と共に仕事をすることで感じる、何か。
それを、初めて感じて、人に伝えた、瞬間だったから。

そこから先は
驚くほど、順調だった。
私も驚くくらい
まわりの賛成があったから。

世の中不可能なことなんて、何もないんだな。
そのとき、素直にそう思った。

私の人生で
出会うべくして出会ったんだと、思った。
それが、社長との出会い。
だからこそ
ものすごく、責任があるのだと、思った。
それが、私の中の、決意の始まりだったんだ。

 

 


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3.社長との出会い@75c全店舗

インテリアのセンスのよさに感銘を受けた私。
プレゼントをしてもらったこともあり
ドレスやさんにお礼に行った。

2005年2月。

私がスタジオ褒めちぎるので
突然、時間があるかと聞かれた。

専業主婦だった私。

特に予定もなかったので、時間ありますよ~~って言ったら
私にそのスタジオの社長さんに会わせたいと言われた。

社長さん=おじさん

そんなイメージの強かった私。

特別何も考えずにOKしてそこにいると・・・・
カランカラ~ンと、ドアが開いた。

「あ、宅配の方来られましたよ」と、裏に呼びに行くと
「ジェウク氏~」と、院長(ドレスやさん)。

あれ??
この人が社長さん????

そんな出会いだった。笑

世間知らずな私の偏見だったのかなんなのかはわからないけど
とにかく目の前のその人が、社長さん。
3人でソファーに座り
コーヒーを受け取った。

「院長、このコーヒー、一番安いの使ってますよね」と、社長。

この人・・・・どんなだろ・・・・・

そして次は私への質問。

「あなたは今、何がしたいのですか?」

「え?えっと・・・・英語の勉強がしたいです。」

「・・・・・・・」

その先のことはあまり覚えてない。
だけど、
私が英語の勉強がしたいといったのは、割とちゃんとした理由があったのだけど
確かに初対面の人にそんなこと通じるはずもなく・・・なのか、なんなのか
とにかく、あとから散々だった・・・笑

そしてその日記憶してるのは
とにかく社長が日本に行ってみたいといったこと。
そして
日本に行きたい日程が、ちょうど私が日本に帰ろうか迷っていた日程と重なったこと。

だから、ただのノリで、一緒に日本に行くことになった。
だんな様の実家で特別することもなく暇してた私は
日本に1週間帰ることになった。
飛行機代を出してもらえるから、ラッキー♪くらいの気持ち。
だけど
たぶん生まれつき世話好きな両親の子供だけに
私も割りと世話好きなのだと思う。
初めて日本に行く社長に
少しでも何かしら、いい時間を過ごしてもらいたいなと思い
日本で回るところとか、適当に調べておいてくれますか?と聞かれた言葉によって
毎日ネット検索をものすごいして
メールを送り
国際電話までかけて、日本の「子供 写真 関東」で引っかかってくるいろんなスタジオに
アポイントを入れた。

OKしてくれたところは5箇所。

なんとなく、スケジュールを組んで、秘書みたいに過ごした。
自分でも笑えるけど
最初に日本に到着した日
成田空港に迎えに来てもらってた母親に娘を渡し、そのまま見学に行った。
成田にあるスタジオ・・・・・

通訳で行ったけど
何を言ってるのかほとんどわからない。
だって
写真のことなんてまったく知らないし
専門用語が全然理解できず。
しかも
社長があんなに話をするとも思わず
ものすごい時間をかけて、そのスタジオで過ごした記憶。

成田駅から都内に移動する電車を待ってるとき
社長が言った。

「日本は、道路の色が鮮明だ。白のラインもあんなにはっきりしててすごい。」

考えたこともなかった。
カメラマンって、いろんなこと見てるんだな。
私の、正直な感想。

次の日も
その次の日も
話せば長い、ものすごいたくさんの笑えるエピソード。
自分の馬鹿さ加減に笑えるだけなのだけど
社長が誰にでも言った言葉がある。

「人生には3回のチャンスがあります。このチャンスを逃したら、あなたはそのうちの1回を逃したと思ってください。」

まじめに言ってたから、私もまじめに受け止めてた。笑

韓国に帰る前に
社長の写真を見て
韓国に見学に行きたいといった人が、2人いた。
だから
スケジュールを組んだ。

私もそのときは韓国にいるから
またお手伝いしますね。
そのとき会いましょう♪
見学に来たいといわれた方々にそんなことを言って、お別れ。

最後の夜
社長と食事に行った。
居酒屋だったんだけど
料理を食べながら、日本食は本当においしいといってた。
だから、安心した。

私、本当に何も考えずに4泊5日を過ごしてた。
ただ、毎日過ごしていくたびに
なんだか社長の言葉にもなれて
通訳もわりとスムーズにできるようになってた。
それが、単に嬉しかったのかもしれないな。

最後の食事のとき、社長に言われた。
「韓国にきたら、スタジオで娘の写真を撮ったらいい」

え??今なんていいました???

スタジオでアルバム作ってくれるといわれた。
わ~い。
かなり、嬉しい。
お手伝いしてよかった。笑

その日、私正直なお話、最初の撮影の日、こんなだったんですよ・・・・って社長に話をした。
告げ口とかそんなつもりは全然なかったんだけど
共通の話題がそんなになかったからなのか
社長にわりと心を開いたからなのか
正直な気持ち。

そのときの気持ちがなんだったのか、今では思い出せないにしろ
社長の返事は、忘れられない。

私の話を聞いて、社長が言った。

「スタッフは、絶対に状況がわかってたのに、妥協したんだ。絶対に、あってはいけないことなのに。申し訳ないことをした。」

そんなつもりじゃなかったのに。
すごく、しっかりした会社なんだなと思った。
社長の一言で
なんだか、100日の撮影の日のことが
なんとなく、もやもやしてたその気持ちが
とてもすっきりして
私の中で、とても、いい思い出になった。

写真って
形に残るけど
きっとそのときの子供の姿と同じくらい
そのときの自分の状況とか、そういうのを思い出すための
とても大切なツールなのだと、思う。

今改めて思い起こすと
なおさら
そう思う。
ものすごく、大切なこと。

 


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2.本当の気持ち@75c全店舗

写真よりも
最初は正直、スタジオのインテリアに衝撃を受けた私。

韓国って
まだまだセンスない国だと思ってた(超失礼だけどすみません)のに
今まで私が持ってたイメージとはまったく違う世界だっただけに、ものすごい衝撃だったのだと思う。
帰りのタクシーの中で妹と
お金ためて・・・・1歳のとき撮りにきたいね~って思ってた。

だけど
あの時正直に感じたことがあったんだ。

私はわざわざ日本から子供の写真を撮りに行ってて
妹は、韓国に住んでるからなんとなく撮影の日についていったの。

18日違いの甥っ子と娘。
だけど
甥っ子はBIG BABYで
娘はかなり小さかった。
だから、100日の写真は驚くほど、できることもちがかったんだ。

うつぶせもそんなに上手にできなかったし
寝起きで機嫌も悪かった娘。
だけど
甥っ子はうつぶせもお座りも上手だし
なによりご機嫌で、すごいかわいく笑ってた。

「たくさん撮るから大丈夫ですよ~」って言われたんだけど
最後の写真
たくさん撮ったけど、甥っ子の写真の方が多かった。
それも
おいっこは全部といっていいほど超かわいい笑顔で。

娘の笑顔は
1枚もなくて。

モニター中
もちろん笑顔がなくたってかわいいんだけど
あまりにも比較されてるし
妹もついてきただけだったから、私に気を使って全然喜べない様子。

そんな状況を
少しだけでもいいから声かけてほしかったんだよね・・・・

私も
プレゼントしてもらうから、だからなんだか強くは言えず。
今見たら
ものすごくかわいくて
全然満足なんだけど
その、少しだけ残念な部分が、なんだか撮影そのものを
あーあって感じにしちゃってたんだ。

だから気をとりなおして
1歳でリベンジだ!!!って思ってた。

すごく、小さなことだし
誰も悪くない。
だから、誰のことも攻められないのだけど
初めての撮影だったからね。
こんなに、7年も前のことなのに
そのときのこと、すごく鮮明に覚えてるんだ。
だからこそ
私は、もっともっと、繊細な部分に気を配りたいなと、思ったのだと思う。

母親だからわかること。
そんなことがあるのだと思う。

 


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1.初めての写真@75c全店舗

最初の始まりは、娘が生まれたことだった。

海外暮らしが続いて
せっかくの娘の誕生を、みんなに知らせたかった。

久しぶりの年賀状。
素敵な写真で送りたい。

今まで写真付の年賀状を送ったことは一度もない。
だから、私にとってはとても特別なことだった。

自分で撮りためた写真を見返す。
かわいいと思ってみてきた写真も
見直すと、特別にかわいいと思うものがない。
かわいい写真は、ぶれてたり
家の中で、なんだかいらないものが一緒にうつりこんでたりする。

これじゃあ、せっかくの年賀状には使えないか・・・・

だから、初めて検索をした。
2004年。

写真館 子供

たぶんこんな感じ。

当時は雑誌も今ほど充実してなかった。
妊娠したらたまごくらぶ。
出産したらひよこくらぶ。
私も、流れに沿って、買ってた。

そこにも広告の載ってるスタジオがある。
インターネットでも探した。

だけど
何かが違う。

6月生まれの娘。
当時まだ髪の毛がほとんど生えてなくて、写真館の広告写真に載っているような衣装とか
絶対に似合わないよな・・・・・と、思ってた。

ん~~~

その割りに値段も高いし。

そんな頃、同じ時期に子供を生んだ妹から写真が届いた。
蜂になってる。甥っ子。
でも、なんだか身内だから目茶目茶かわいい。

きいたら、すごい安いし。
韓国にお嫁に行ってる妹。

まあ、そんなに安いなら、韓国で撮ろうかな。そう考えたのが、最初のきっかけ。

韓国人のだんな様と結婚した私。
出産も韓国でしたけど
仕事で海外にいたから
ちょうど娘の100日くらいのときは韓国に戻るし
私も韓国にいくから
そのときでいいか。
10月くらい。

ただ漠然と、そんなことを考えてた。

韓国の写真とはいえ
正直特別かわいいと思っていたわけではない。
ただ、値段が割りに合うと思ってた。
だから、どこでも一緒じゃんね・・・・って思ってて
妹が住んでるところは、私のだんな様の実家があるソウルからは少しあって
どうせならソウルで撮ろうかなと思い
写真館を探そうと思った。

ウェディングの写真を撮ったスタジオがあって
そこはウェディング専門なんだけど
最近ベビー専門に変わったんだって、ドレスやさんが前に言ってた。
だから紹介してもらおうかなと思って
電話をした。
そして、番号を聞いた。

電話をして料金を聞いたら、なんだかちょっとだけよくわからない感じ。
だけど、電話先の相手の感じはとてもよく。
ん~
でも料金が割りと高い。

どうしようかな。

そしたら電話がかかってきた。
ドレスやさんが、私とても仲がよかったんだけど
出産祝いしてなかったし、自分がプレゼントするよって。
しかもカメラマン、自分の息子なのよって
だから、そこに行きなさいという。

素直に
わ~いって(笑)

だから、予約を入れた。

ソウルから少しだけ離れた、イルサンというところにスタジオがあって
そこに息子がいるからといわれた。

地下鉄でいけるし、そんなに遠くないだろ・・・・と思ってたんだけど
以外に遠くて
撮影日、当日いきなり遅刻しそうになった。
だから、スタジオに電話をした。

そしたら、「予約あさってになってますが。」といわれた。
でもね
私日本から少しの間だけ行ってて
その日だともう韓国にいないの。
だから、絶対にその日に予約するはずないし
何度も、「何曜日ですよね・・・」って確認してたのに
何で~~~~~~

絶対に困ります。
今日とってください。の、一点張り。

そんなに忙しくないだろうし、そんなに時間がかかるわけじゃないんだから
それくらいいいでしょ~そっちのミスなんだから・・・・くらいに思ってた。

結局、その日の7時にまた来ていただけますかといわれ
一時退散。

今度は時間に遅れないように、かなり早めに準備をして行った。

営業が終わってたんだ。その時は。
今思えばね。

そこにいた人は、3人。
男性2名、女性1名。

私は、韓国にいる妹と一緒に行った。
甥っ子と、娘と、4人で。 

娘はちょうど寝起きで
なんだか最悪な状態だったんだけど・・・・・

インテリアがとってもかわいい。
本当にかわいくて
私の想像している韓国とは全然ちがったから、衝撃的だった。

衣装を選んでもらって
だけど正直全然好きなのがなくて(笑)
なんとかかんとか自分でもっていったものと
それから選んだものとで撮影をしてもらったんだけど
自分のお気に入りの服は
撮影をしたら、あんまり写真栄えしなかったんだよね・・・・

そして
微妙と思ってた服が意外にもかわいくて
びっくりしたのを覚えてる。

いろいろあったけど
撮影が終わり
写真は・・・・まあ・・・・こんなもんか・・・・という感じ。
プレゼントしてもらっただけに
そんなだったのかなんなのか・・・・・

でも
データは2枚もらって(妹の分も)
おいっこの写真もたくさん撮ってくれて
なんだかとても親切にしてもらって。

ありがたいなと。

そのときの写真。



今見ると、
超かわいいけど。笑



泣く直前だったり
このあと泣きはらし
手と、足と。



もう小学生の娘。
私自身、久しぶりに、この写真を見た。

写真の持ってる力は絶大で
時間がたって、こんな風に写真を見返すと
改めてそんな風に、思う。

生まれてきてくれて、ありがとう。
そんな風に、素直に思える、写真なのだと思う。 

 

 

 

 

ここからはしばらく私の

2011年9月につづった

気持ちとかいろいろを整理するために書いた

正直な、過去の思い出。

自分自身の気持ちを大事にしていくことが

もっともっとスタジオをよくしていくために

大事な要素になると信じて。


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2011年9月のblog@75c全店舗

2011年9月6日

 

ビッグサイト。

もう、何度足を運んだんだろう。

2005年の2月に初めて訪れたときのことを、思い出す。
人に会いに行ったんだけど
すごい長い通訳に、のどが痛くなったっけ。

「来年はここで講演するぞ」

なんて言ってたけど
来年とはいかずとも、そのとき初めてのあの場所での宣言は
確実に実現されて
私までもが、講演なんぞさせていただいたりもして
本当に、始まりを感じる場所だったりもする。

今日はギフトショーで
まったく違う用件だったりするけど
でも
最初に行ったギフトショー
回ってるときに、韓国からの電話があって
ビザが下りたと報告を受けた。

嬉しくて、泣いてしまいそうだったのを、覚えてる。
そして、
今久しぶりに、思い出す。

ギフトショーでももう、いろんな業者を回り
私は
わりと顔パスになるほど買い付けをして
今日は、なんだか感慨深く回ったりもした。

今あるスタジオだったり
人の思いのつまったスタジオだったり
それから
これから作っていくスタジオだったり
イロンナ場所に、一つ一つ
自分の好きな形を埋め込んでいく。

それが一人じゃないということが、嬉しくて
やる気がものすごく、出てくる。

何かを作り出すのは、
必ずその先に、ちゃんと自分のイメージがあって
そのイメージの中には、具体的で鮮明な
喜んでくれてる人の、顔が、みえてなくちゃいけない。
そうじゃなくちゃ
進めないんだと、自分の思いに気がついたりもする。

イメージは膨らんで
今日も妄想。

去年
おととしか・・・・・
スタジオのブログをはじめたのも
ちょうど、ギフトショーのころだったんだ。
だから
2階を歩きながら、そんなことを、話した。

今まで何度も大切な人と足を運んだ場所。
一緒に、好きなものを共有して
イメージを作っていくための時間を、過ごしてきた場所。

明日も、あさっても。
きっと、その積み重ねが、とても大事だと知ってるから。

明日はまたきっと、もっと余裕をもって
もっと素敵な何かが、見えるんだと思う。

 

 

2011年9月12日

 

もう一度、原点に、帰る。
何かに流されるのではなく
自分の中に
しっかりとあるものを、形にしてみるだけだから。

怖いと思うのはきっと
孤独感との戦いなのかもしれないと思ったりするけど
決して、孤独ではないから。
そう、自分に言い聞かせる。

やるべきことと
やりたいことと
いろんなことがごちゃごちゃだけど
自分で決めたことだけが、現実になっていくことを、知ってるから。

私がここで、形にしていきたい、こと。

原点に、かえる。
ただそれだけだ。

もう一度落ち着いて
感謝して
心を、落ち着かせて
自分の心に聞いてみる。

ただ、それだけのこと。

できるよ・・・・・
ちゃんと、ゆっくり、冷静に、考えて・・・・・

 

女の子専門の、スタジオ・・・・・

今求められるもの。

専門性。
私は、ここにこだわって行きたい。
だから、新しいものを、はじめる決心をした。

写真にこだわるのではなく、
存在そのものに正当性が必要で
統一感が必要。
そのためには、明確なコンセプトと
そのコンセプトを共有できる、同士が必要なんだと、いうこと。

1月からスタートする予定の新しい場所では
どんな出会いが待っているのだろう。
そして私は、どんな出会いを、呼び寄せたいのだろう。

今まで作り上げてきたもの。
マドモアゼルは
いつでも私たちと共にいてほしい・・・・と、心から願う。
だから、もっともっと私たちの違いや
私たちの思いや
私たちのこだわりを、強化させたいと、思っている。

用意するものは、きっと何も変わらない。
でも
今よりももっと差別化をするためには

 * 持込の衣装はNG(1着のみ、場合によって。)
 * 家族写真用の服を準備
 * 記念の品や手紙などを持ち込んでもらって撮影
 * データ販売のみの固定価格
 * デザインデータの販売
 * 顧客用商品オーダー先を用意

見えるものは、これくらい。
特別に大きく変わること・・・・商品がゼロ。
撮影料もゼロ。
データのみ。
予約とともに、客単価もすべて、決定・・・・・・

これはかなりいろいろありますが。

でも、お客様が本当に望んで撮影に来てもらって
こっちも責任を持って対応をさせていただきたい・・・・・・

今までずっと考えてた、方法。

60カット前後の原本と
20カットのデザインデータ。

もしくは
50カットの原本と
50カットのデザインデータ。

とか、組み合わせはもう少し考慮して

できることならその場渡しがいいんだけど
3日以内に選んでもらえれば、こちらセレクトでデザインデータをつくって
自宅に、送る。

待ってもらっている間に、お客様にデータを打ち込んでもらう。
i-padとかに個人情報を全部入れ込む感じにしていくとか
お客様の携帯メールから、個人情報をメールしていただくようにするとかして
とにかくとにかく
ミスとかそういうのを、減らす努力に集中したい。

スタッフの作業が
極力
その日で終了・・・・・な、システムに、したいの。


そしてここは、いろんな人の、始まりの場所。
全部が、始まりなの。スタートね。

だから、ここからいろんなところにこれから、行くようになる。
それが
カフェ撮影だったり
ウェディングだったり
KIMONOだったり
パリな日常・・・・のファミリースタイルだったり
とにかくコンセプトのしっかりした、素敵な空間を連想させて
みんなでワクワクしていくような、マドモアゼルの妄想のお部屋・・・・みたいな。

恋をすると
いろんなワクワクとドキドキが毎日毎日いろんな場所でみつかるから
それを全部、形にしていっちゃえ~~的な
そんなお洒落で斬新で
でもあったかい・・・・そんな乙女心を形にする、場所。

考えただけで、わりと、ワクワクしますね・・・・

だからそのためには、勉強をしなくちゃね。
みんなで。
考えの、共有をしていこう。
みんなが自分の考えをちゃんともって
いろんな考えを持っているお客様に、ちゃんと、新しい提案をしていけるように。

この先は・・・・・違うブログで・・・・
題名変えて、書こうかな。
勉強に、ついて・・・・・

 

 

2011年9月14日

 

報告書がどうしても、苦手。
何年かけても
書くべきこととか、本当に迷うし
迷うというか、よくわからん。

むずかしい~~

だけど
集中して書くしかないよね。
自分の知ってることしか、かけないといつも言われる。
そのとおりだと思う。

怒られるのはつらいけど
どっちみち
同じ。

やって怒られて
やらないで怒られて
どうせ怒られるなら、その怒りの理由を自分が理解できた方がいい。

自分の部下が
自分の気持ちをわかってくれないと感じるときほど、むなしくて、やるせないときはない。

私も、同じなんだよね。

独立したってなんだって
私の上司は
社長しかいないんだと思う。
それくらい、たくさんのことを、学ばせていただいてるので。

今日はひとまず、書き出して、みよう。 

 

 

2011年9月16日

 

頭の中にはものすごく、ものすごく、イメージが浮かんでくるんだけど
それを形にしようと思うと、いろいろ難しいのです。

なんせ
私がデザインできないからね・・・・

だけど
洋服のカタログみたいな感じの
そんな、ホームページにしたいなあ。

カテゴリーはねえ・・・・

ニュースと
ギャラリーと
商品説明と
会社説明と
スタッフと

システムもいるかな?

いるよね・・・・・

スタジオ紹介もいるね。

ヒストリー。
コンセプト。
いろいろいるね。

ちょっと、整理・・・・・してみよう。
イメージを膨らませて
本当に必要なものを
わかりやすく。

あ~楽しみ。

 

 

2011年9月19日

 

新しいホームページのことを相談した。

ショップのホームページをお願いした子に、またお願いしようかなと思って。

いろいろ考えてることを、お願いしてみたら
いろいろと提案をしてくれて
写真を見せるイロンナ方法を、提案してくれたんだけど。

さっきホームページのサンプルが送られてきて
見てたら割といい感じ。

スタジオのホームページであんな感じの、見たことないし
うまく作りこんでいけたら
すごく素敵なホームページになっていくだろうなっていう、ワクワク感。

だけど、待てよ・・・・・

ホームぺージに、何をもりこんでいくのか・・・・・・・

ギャラリー中心なのはいいんだけど
どんな情報を入れていくのか?によって
基本コンテンツが全然違ってくるから
もう少し、深く入って考えてみようかなと、思うのです。


もちろん、ギャラリーがメインではあるんだけど。

たての写真を、うまく見せれるかな・・・・デザインで・・・・・
とか、いろいろ思ったりもするんだけど
イメージ的にはすごくかっこいいし
なんだか素敵だと思う。


ホームページね・・・・

ギャラリーのみってわけにも行かないし。

基本的に

1.システム
2.プライス
3.アクセス
4.ヒストリー
5.ギャラリー
6.スタッフ
7.コンセプト

こんな感じの内容は入れたいのだけど・・・・・・

さて。
どんな感じになるのかな。

イメージは
全部のページがカタログみたいになってるんだけど
ストーリー性を持たせるというもの。

カタログをめくっていく感じで
楽しく
音楽と共に心にしみてくる・・・・そんな感じ。

できる気がしてくる。
嬉しいなあ。
がんばろっと。

 

 

2011年9月21日

 

難関・・・

 

当たり前のことなんだと思うけど
私には、とても難しくて投げ出しそうになること・・・・

報告書。

自分が経営者になって
報告書を書かせることが多くなったんだけど
私は、報告書が本当に苦手。

かくぞ。
と思うんだけど
かなり逃げ腰になってしまう。

はあ・・・・
この難関は、突破できるのだろうか・・・・・

 

 

 

新しいことを始める決意と

集中できない焦りと

新しいことへの期待と

現実に降りかかってくる、壁と。

 

いろんな思いが毎日ぐるぐる。

必死で何かにしがみつきたくなる思いで

楽しみの形を

まとめてた日々。


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2011年8月のblog@75c全店舗

さあ、スタート。

 

思い立ったらすぐに。

それが、私の仕事における、ポリシー。

 

膨らんでいくイメージと共に

それを常に後押ししてくれる、存在がいるということ。

 

感謝という言葉を肌で感じて

緊張した時間が

とても、おだやかな、易しい時間にかわっていくのを、感じた。

 

言いたいことは、伝わっていて

それを、確認する必要もなく。

 

ただ自分にできることは

私の未来が

確実に、恩返しになる日がきますように・・・・・祈る。

 

思い出は、大切。

でも、思い出だけじゃ、何にもならないから。

 

これからの、未来の話を、する。

 

ここは、

そんなスタートの場所。

自分でつくってきたもの、自分でつくっていくもの。

 

たくさんのありがとうは

ちゃんと、伝わる。

たくさんの大好きも

ちゃんと、伝わってる。

 

自分に渇を入れながら

ちゃんと。

前に進んで行きたい。

 

 

ライフスタジオをしながら

そこから独立を決めた日のこと。

一つ一つの出来事が

とても大切なんだと感じる意味は

ちゃんとある。

今がきっと、そういうタイミングだったんだと思う。

また一歩、前に進むために。

 


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今までと、これからと@75c全店舗

今までのブログを読み返しながら

大切にしてきたいろんな時間を思い出す。

そして

大切なものはこれからも変わらないから

今までも

これからも

75cを一緒に作り上げていく仲間たちとの時間を

もっともっと

つなげて、伝えていけたらいいな。

 

 

photo by kana


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